hikarimetal’s blog

基本的に自分のためだけにメモとして書いております。

明日は、代表戦です。楽しみです。

 日本代表と言えば、1994年アメリカ大会予選の敗北、ドーハの悲劇が有名だと思います。あの時、1992年かな、ニュースステーションにラモスが出て来て、我々は、ワールドカップに行ける力があるんだと、熱く語ったのを覚えています。まあ、日本がワールドカップに出るなんて、荒唐無稽な話で、現実性が全く無かったので、まあ、その内に出れるだろうけど、私が、生きてるうちに1回くらい出れたらいんだけどなぁと思ったのを覚えています。

 まさか、その後、1998年フランスに初出場し、2002年日韓、2006年ドイツ、2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと、6大会連続で出る事になろうとは、その時には想像もできませんでした。ただ、1998年は、完全にアウトサイダーでしたし、2002年は地元という配慮にも恵まれたという事もあります。本当に、日本代表が強くなって来たのは2006年ドイツからでしょうね。このチームは結構強いチームだったと思います。残念ながら、エースの中村俊輔が大不調で、サイドバックの加地さんがケガで出遅れた。その上、初戦のオーストラリアに歴史に残る大逆転負けで、全てが狂ってしまったように思います。ホントは、当時FWのエース久保が、ケガのために、メンバーから外されてしまったのも大きかったと思います。2010年はベスト16に行ったのですが、それ程強いチームとは思えなかったと思います。R-16で、スコアレスドローPK負けだったのですが、あのパラグアイに勝てる雰囲気は無かったですね。

 2014年は、これも、初戦の大逆転負け、次の1人少ないギリシャとのドローが致命的でしたね。普通に、コートもギリシャも勝てるチームでした。まあ、コロンビアのハメスは、無理だと思いましたが。2018年は、本当に、大人のチームでしたね。強いとは思わないけど、それなりに結果を残す事が出来たと思います。ただ、実力が全部出たのは、R-16のベルギー戦で、結果的にはこれも大逆転負けしましたが、日本代表史上最高の試合だったと思います。何たって、当時、世界ランク1位ですからね。あの時、CBに吉田クラスの高さの選手がもう一人いたら、つまり、現在の冨安がいたら、勝負は変わっていたと思います。

 冨安は、日本選手史上最高のCBだと思います。ブランチも出来るくらいテクニックが有り、サイドバックが出来るくらい早く、セリエAでCBが出来るくらい高くて強い。こんな選手はいなかったと思います。そしてまだ若い。1TOPの大迫も、日本選手史上最高の1TOPだと思います。巧い、強い、高い。インサイドセンターは中田英、左は中村俊輔、右は、乾でしょうか。ボランチは、遠藤と長谷部、サイドバックは、右が酒井、左が長友、CBのもう一人は吉田でしょうね。キーパーはいろいろありますが、川島という事で。と考えると、ロシアの時が最も、強かったのだろうなと私は思っているんでしょうね。

 ただ、今の日本代表は、過去最高に強いというかポテンシャルのあるチームだと思います。恐らく、大迫に代わって、鎌田が1TOPになり、トップ下が南野、右は、久保、伊東、堂安といますし、左には、原口がいます。ボランチも柴崎、遠藤と史上最強クラスで、サイド右には、酒井、左は、誰?(菅原か、室谷を左で使うのでしょうか?)とキーパーは権田でしょうか?シュミットでしょうか、どっちも試合に出ていないんで。このチームの弱点は、間違いなく、監督だと思います。この監督には、戦術的な引出しが少ないと思います。選手は結構対応できるくらいのレベルはあると思うんですが、監督にその戦術が無いので、宝の持ち腐れ的なところがあります。この監督の戦術の無さで特徴的なものは、負けている時に転換できる戦術が無いという事です。DFを一枚減らして、ポストをさせる或いは放り込みをする。なんてのは普通に想像できます。あのベルギーもロシアでは、そうでした。フェライニハイボールを合わせてきました。それを止めるCFの高さと強さが無かったので、やられてしましました。しかし、日本代表にはそれも無いのです。そういった選手を選らんでいません。恐らく、負けてる試合を想像していないんでしょうね。

 とまあ、明日は、久しぶりに日本代表戦です。楽しみたいと思います。