hikarimetal’s blog

基本的に自分のためだけにメモとして書いております。

平和主義とは、軍事力を保有しない、核を保有しないで成り立つものでしょうか?

 この世で生きていると、自分が平和主義で、相手に手を出さなければ、相手の事を思いやっていれば、喧嘩にならないと思う人は、少数派でしょうね。良かれと思って配慮しても、誤解される、そして、誹謗中傷される。事情を説明しても、ああ分かった誤解していたごめんね。と言われても、しこりが残って、陰口が聞こえて来る。そういった人より、運よくいいポジションに付けば、妬まれる。悪くなれば、馬鹿にされる。まあ、そういった経験が無い人は少ないのではないかと思います。

 そういった場合の解決策は、理不尽かもしれませんが、何か言えば喧嘩するぞという脅しであったりします。喧嘩すれば、勝っても負けててもお互いに無事ではおれませんし、絶対に味方だと思った人に裏切れたりします。結果、相手に傷もつけますが、自分も傷つく事になりますので、喧嘩はしない、しかし、する振りをする。というものが、処世術であったりするわけです。一般の対人間関係ですら、大変なんですが、グループとかになると更に難しいものになります。グループ内で意見をまとめないと、バラバラになて、グループ自体が崩壊してしまったりする訳で、敵対するグループと戦う前に、自分達のグループ内でぐだぐだになったりします。

 それが、国対国になりますと、意見の集約なんてものは不可能になります。反対の意見を有する人は、敵国の指示を受けていたりする場合だってあります。それでも、喧嘩つまり、戦争はまあ、現実的では無いと思いますが、軍事力自体が抑止力になっているのであれば、軍事力は平和をもたらすものだと思います。しかし、その平和は心の中では、物凄い対立があって、憎しみの極致なのかもしれません、当然です。しかし、その軍事的抑止力で、戦争を止める事が出来れば、見せかけの平和は維持できるという事だと思います。これは、国内においても様々な考えの人がいるのですから、他国で全く同じという環境が維持できるなんてのは、夢物語だと思います。その軍事力抑制力が核であるならば、核を保有する事も必要であるという事だろうと思います。

 理想主義的な観点で言えば、軍事力は悪だと思います。人殺しの道具だと思います。核なんて、人類を悪魔に変えるものです。絶対に保有してはいけないものです。しかし、隣国が、軍事力を持ち、核を持ち、自分の意見を強引に押し付ける環境の中で、つまり、軍事力を圧力として使用する環境の中にいるとすれば、外交では確実に負ける事になるはずです。良く、左翼の方の主張で、中国が日本にせめて来たとすれば、日本の軍事力で防御出来るのか?出来ないのなら、保有しても無駄であると言われます。何故、そこで止まるのでしょうか?日本が核ミサイルをもって、北京をにらんでいたらどうでしょうか?そうすれば、中国が攻めて来る事に抑止力になるはずです。そこで、見せかけでも平和を維持出来るという事になります。

 これって、アメリカに対する北朝鮮のやり方ですよね。彼らは、見事に弱者の戦い方を行っております。問題は、その核保有による、経済の崩壊です。核保有は、基本5大国に与えられた特権です。その特権を犯す小国を徹底的潰そうとします。何故でしょうか?それは、彼らの外交力が、軍事力そして核という下駄を履いた上で、上から有利な交渉をしたいからという事でしょうね。

 私は、北朝鮮を肯定する訳ではありません。弱小国として、核を保有する事で、アメリカのような大国と交渉し、自国の独立を保持する事が出来ました、しかし、経済は崩壊してしまいました。国は、経済によって成り立っております。このままでは、核と経済と自主独立のどれかを放棄する事になるでしょうね。ただ、核を保有しなければ、自主独立を失う事になっていたでしょうから、核を保有し、核放棄を高く売りさえすれば、自主独立と経済の両方を手にする事が可能になるという事で、北朝鮮の勝利になり得るかもしれません。

 日本は、核兵器保有するという事で、経済制裁を受けるというリスクは避けるべきです。しかし、核抑止力は保持する必要があります。そもそも、現代技術は、核兵器はそれ程高度な技術が必要ではありません。また、日本は大量なプルトニウムを保持しております。核爆発しなくても、ミサイルを北京に向けてプルトニウムを詰めて発射するぞというだけでOKです。いわゆる汚い爆弾です。いざと言うときにはそれを使うぞという、つまり2週間以内に製作できると。そうにおわすだけで、日本が核兵器保有しているのとほぼ同じ効力を有する事が出来るという訳です。それならば、核保有する意思をもっている訳ではない訳ですから、特に問題は無いと思います。別にそうするぞと公式発表する訳でもありません。そうする可能性がある事を匂わせるだけでOKです。つまり、敵基地攻撃用のミサイルを保有しているだけでOKです。

 日本の左翼は、中国が狂気のように領土拡大を企図し、南シナ海をほぼ手中に収め、インド・ブータンの土地を狙い、日本では、沖縄、そして北海道を手中に使用としている事に無言です。というか、そうしてもらいたいと願っているかのようです。チベットウイグル、香港問題なんて、彼らにとっては、何の問題もありません。守られるべき人権は、民主主義を肯定する誤った考えの人達の人権ではありません。共産主義を信奉する人達の人権つまり正しい人達の人権だけを守れば良い訳です。

 松任谷由美さんが安倍首相にお疲れさんとツィートすれば、死ねと言う大学講師がおられました。自分の意見と違う人は、人権どころか命も認めたくないという事です。これは、彼だけに特異的な問題ではありません。左翼思想というのは、そういったものです。誤った考えを有している人達は悪魔であり、人間では無いのです。

 大多数の人間は、こういった、狂気の人達から悪魔認定される事がある訳です。言葉で話しても難しい。そういった人達がいる中で、そういった狂気がある中で、しっかりと生きてゆくには、左翼の人達のように、考え方の違う人を排除するのか、それとも、なるべくかかわらず共存するのかと言えば。当然共存する事になる訳です。排除は、つまり喧嘩であり戦争ですから、自分達にもプラスはありません。そういった多様な考えの中にも、有用な意見もあるしかし、その手続きは、民主主義と法治主義というルールを守ってね。という武器を保有し、牽制しながら共存してゆかなければならないという事だろうと思います。左翼も、右翼も考え方は違いますが、仲間ではあります。中国もアメリカも韓国もロシアもフィリピンも各々の国益を共有できませんが、表面的な友好関係は維持できます。中国や韓国やロシアは、政府と異なる思想は排除する国ではありますが。それは、その国民が選らんだものですから、他国がとやかく言う必要はありません。しかし、平和を維持するには、現状では、軍事力或いは核による抑止力を保有している必要があるでしょうねと思います。中国、北朝鮮、ロシアと核ミサイルは日本に飛んで来る可能性はありますから。