hikarimetal’s blog

基本的に自分のためだけにメモとして書いております。

朝日新聞グループが推す、自民党の総裁候補って、戦後憲政史上初めてなんでは?歴史に残る日ですね。

 石破さんは、何故、自民党におられるのか良くわからないと思います。自民党はさくがに右から左までイデオロギー的にはかなりレンジが広いように思います。ただ、さすがに、朝日新聞グループに応援されるような人はいなかったように思います。そこまで左はねぇ。近さで言えば、立憲民主党に近いように思います。もうごりごりの左翼であろうと思います。何故、自民党にいるんでしょうかね。

 石破さんは、戦略的に失敗し続けているんだろうなと思います。この政治センスの無さは、致命的なんでしょうね。先ずは、離党して、小沢さんに走ったのであれば、そこで骨をうずめるべきだったと思います。そうしていれば、野党の党首になっていて、もしかしたら、民主党政権で、菅さんとかに変わって、総理大臣になっていたかもしれません。しかし、変節して、自民党に出戻ってしまった。石破さんって、元来、憲法改正論者で、防衛力に関しても知見を持っていて、それはあまりぶれていないと思います。それ故、何故、自民党を離党したのか?不思議ではあります。

 自民党に戻って、総理総裁を目指すのであれば、少なくとも、師匠を選ぶべきだったのかもしれません。しかし、彼はそれをせず、無派閥に走ってしまった。復帰後に、かなり簡単に大臣になったという事で、おごりもあったのかもしれません。しかし、さすがに出戻りで、一匹オオカミではなかなか難しいのではないでしょうか?政治は、理念であり、理想なのですが、それを実現するための能力が必要だと思います。それは、やはり人なんだろうと、自分の理想を、タスクに分解して、着実に実現する人なんだろうと思います。そういった人を抱えていることが重要なのではないかと思います。しかし、どうも、石破さんには、そういった人が回りにいないように思います。いたとすれば、今回までの戦略ミスを犯していなかったのではないかと思います。

 第2次安倍政権で、幹事長をしながら、次の総裁選をにらんだ活動をしていた事で、大臣に回されてしまった。そして、その大臣も次の改造でやめてしまった。この3つの選択は失敗でしたね。幹事長を長期間すればするほど権力を得る事が可能になると思うのですが、それを自ら壊したのは失敗でしょうね。安倍さんを支えて2期6年くらい幹事長をしていたら、次は間違いなく、石破さんに政権はわたっていたと思います。石破派も50人くらいになっていたかもしれませんしね。大臣を辞めたのも失敗だと思います。出来れば、財務大臣とか外務大臣とか主要閣僚を経験すべきであったと思います。そうすれば、官僚の中に自分と会う、有能な人材を見つける事が出来たと思います。そういったチャンスを自ら潰した結果が現状を生み出してしまったという事でしょうね。様々な見えない問題があったと思います、細かい権力闘争もあったと思います。しかし、それくらいの権力闘争を勝ち抜く能力が無い人が日本という国の首相が出来るはずありません。やはり、総理・総裁は勝ち取るものなんだろうなと思います。その取り方にセンスが必要なんだろうと。