hikarimetal’s blog

基本的に自分のためだけにメモとして書いております。

終戦記念日に思う事

 8月15日は、終戦記念日なんですが、この日を終戦と呼び、敗戦と呼ばなかったのは、当時の日本人のメンタリティなんでしょうか。外国、例えば韓国から見れば、日本人は、事実を隠蔽していると見られるかもしれません。しかし、日本人全てが、敗戦を認識していたと思いますし、今でも、それを否定する人はいないと思います。しかし、それでも、敗戦では無く、終戦としたのは、日本人の未来志向なんでしょうね。日本人は、戦国時代に内戦で、多くの血を流してきた経験があります。滅ぼされた側が、恨みを持って、復讐するというストーリーは、あまりありません。お家再興的な物語は多くありますが。また、その中には、一向一揆のような、宗教的なものもありました。ただ、だからといって、一向宗の人が過去を掘り返したりはしなかった。一向宗はそのまま、教義を維持して、今でも、日本最大の信者を抱えておりますが、織田信長豊臣秀吉を批判し続けるなんて事はありません。

 過去は、過去、そして、過去に生きた人も全て、日本人であって、その中には過ちをした人もいるかもしれない、しかし、その人も含めて、日本という国の存続に貢献した人達であるというリスペクトを込めて、そして、少しの悔しさを込めて、終戦と呼んだんだろうと思います。ですから、本質的な靖国神社の考え方もそういった事だろうと思います。ただ、日本人らしくないのは、西郷隆盛或いは、戊辰戦争の幕府側の人達を含めていないという事です。ここは、当時の、政治的な意味を有していたんだろうと思いますが、この事が、靖国神社の性質をゆがめているように思います。西郷隆盛は、日本政府に弓を引いた人です。しかし、日本人の多くが愛する人でもあります。恐らく、西郷をあがめる事は、当時の日本政府を否定する事につながる危惧があったのだろうと思います。ただ、明治後期には、その必要も無くなったと思いますので、合祀しなかったのが不思議で仕方ありません。もし、西郷を合祀していれば、靖国神社の性質を、海外に分かりやすく伝える事が出来たのにと思うと残念に思います。

 靖国参拝問題をキャンペーンしたのは、日本の左翼マスコミで、その左翼マスコミが中国や韓国に、ここが日本を責めるポイントですよと教えたというものです。慰安婦問題も徴用工問題も、日本の政党やマスコミ或いは弁護士等の左翼勢力がその理論を構築して、教えたのがスタートでもあります。一般的な日本人は、何て変な人達なんだろうとあきれ、反日なんだろうなと理解するのですが、彼ら自体は、反日とは感じていないのです。どちらかと言えば、日本大好きな人達なんだろうと思っております。彼らは、そもそも、日本大好きのあまり、日本が巨大な利益を上げる先進国である事は、戦争で被害を与えた、中国に悪い、植民地支配をした韓国に悪いと思っているのだろうという事なんだろと思います。(台湾には冷淡なんですが、何故なんでしょうか?笑)それ故、大好きな日本が、落ちぶれて、中国や韓国が発展する事で、罪滅ぼしをしたいと願っているんだろうなと想像しております。(しかし、本音としては、日本が落ちぶれるはずは無いと思っているんでしょうね。まあ、彼らは、楽観的ですし、基本、いい人ですし、基本、ちょっと現実的な思考が出来ない人ですから)ポッポ山元首相という人がおられて、日本では全く存在価値がなくなっておりますが、韓国では不動の人気を誇っております。彼の思想や行動を見れば、良くわかるように思います。彼は、楽観的で、とってもいい人で、そして現状認識が全くできません。これが、日本の典型的左翼の姿なんだろうなと思います。

 終戦という言葉が、日本人らしいと思いますと同時に、敗戦の日としていたら、日本人は、どう変わったんだろうかと興味もあります。恐らく、敗戦としていれば、今よりもっと、民族主義的な勢力が強くなっていたのではと思います。そうならなかった事は、幸せだったのでしょうか?お花畑左翼さんにはよかったのかもしれませんね。